学校の先生って、何人もいますよね。
担任、理科の先生、支援の先生、学年主任……。

私にとってそれは「全員ちがう顔をした、ちがう人」ですが、うちの長女にとってはそうではありませんでした。

気づくまでに、3ヶ月かかりました。

「〇〇先生、今日も来てたよ」

あれは、長女が3年生の春のことです。

帰宅した長女が、ある日こう言いました。

「〇〇先生、今日も校門で手を振ってくれた。」

〇〇先生というのは、前の年まで長女が通っていた特別支援教室の担当の先生。
でも……4月から別の学校に転職されたはずで、もうその学校にはいないはずなんです。

「え、〇〇先生がいたの?」

確認してみると、4月以降、その先生が学校に来たことは一度もないとのことで。

じゃあ、長女が毎朝手を振っていたのは誰?

後でわかったのですが、似たような背格好の別の先生と間違えていたようで。しかもその別の先生の方は「毎日会ってる、いつも手を振ってくれる」とおっしゃっていました。

長女は「最近、あの先生に全然会わない」と言っていたのに(笑)。

正直最初は、挨拶を無視してると思われてないか、ととても心配でした。それに「名前くらい覚えられないの?」と思いかけた自分もいて、後からハッとしました。

同じ頃、もう一つのことも発覚しました。

毎朝校門に立って挨拶しているのは生活指導担当の先生なのですが、長女はずっと「理科の先生が挨拶してる」と思っていたそうで。理科の先生が校門に立ったことは一度もない、と確認済みなのに。

「眼鏡の形で覚えてみたら?」と伝えると、「うん、丸と四角で覚えてみた」と言うので、「じゃあ覚えられた?」と聞いたら、

「……やっぱり見分けられない」

眼鏡の丸と四角も、長女には同じに見えていたようです。

このとき初めて、「覚えようとしていないわけじゃない」ということに気づきました。
長女なりに、精一杯工夫していたんですよね。

実は「珍しくない」話だった──研究が示す数字

「うちの子だけがこんなに覚えられないのかな」と思って、気になっていろいろ調べてみたら、驚くことがわかりました。

ASDの子に「顔が覚えられない」特性があることは、研究でもはっきり示されていました。

2020年に発表された研究(Minio-Paluello et al.)では、知的障害のないASD成人の約36%、つまり3人に1人が、臨床的な相貌失認(顔を覚えられない状態)の基準を満たすことが報告されています。一般の人でこの割合は約2〜2.5%とされているため、ASDでは15倍以上の頻度で見られる計算になります。

さらに、同じく2020年の大規模なメタ分析(Griffin et al.、40年分の研究を統合)では、ASDの人の約80.5%が顔の識別テストで定型発達者の平均を下回るスコアを示したと報告されています。

つまりこれは「特定の少数が特別に苦手」なのではなく、ASD全体として顔認識の能力が低い方向にシフトしているという、連続した特性です。

長女だけが変なのではなく、この困りごとを抱えているASDの子は世界中にたくさんいる。
そう知っただけで、長女への見方がかなり変わりました。

なぜ顔が覚えられないのか──脳の仕組みから

「もっとちゃんと見ればわかるでしょ」と言いたくなる気持ち、正直ありました。
でも脳の研究を知ってから、それが言えなくなりました。

顔を「バラバラのパーツ」で見ている

私たちが顔を見るとき、脳は「目・鼻・口の組み合わせ全体」を一枚の絵のようにまとめて処理しています(全体的処理、ゲシュタルト処理と呼ばれます)。

でもASDの子は、顔を「目だけ」「眼鏡のフチだけ」「口元だけ」といったパーツに分けてバラバラに処理する傾向があります。これは「局所処理優位」と呼ばれる視覚認知の特性です。

ジグソーパズルをピース1枚だけ見て「このパズルは誰の顔?」と当てるようなもので、難しくて当然なんですよね。

眼鏡の「丸か四角か」を覚えようとした長女の工夫は、この特性からすると「当然の対処法」でした。パーツに注目したのは正しいのですが、形の微妙な違いをさらに区別するのも難しかった、ということです。

「目を見ること」がそもそもエネルギーを使う

顔の中で一番その人らしさが出るのは「目元」ですが、ASDの子にとって目を見ることはとてもエネルギーを使います。

脳の「扁桃体」は、社会的に重要な情報(特に目)に注意を向けさせる役割を担っていますが、ASDではこの扁桃体の反応が定型発達と異なることが報告されています。人によっては「目を見ると怖い・不安になる」という過覚醒が起きたり、逆に目元への自動的な注意が働きにくいケースがあったりします。

結果として、顔を見ても「目の情報」がほとんど入ってこないため、識別の手がかりが圧倒的に少ない状態になります。

「顔を見てきた経験量」そのものが少ない

2024年に発表された研究(Kamensek & Oruç)では、ASDの成人は日常生活の中で顔を見る頻度が定型発達者より約30%少ないと報告されています。

これは意図的に避けているわけではなく、視線の自然なパターンの違いです。顔を見る経験が少ないと、脳の「顔専用の認識エリア(紡錘状回顔領域)」が十分に発達しにくくなります。経験量の差が、そのまま能力の差として積み重なっていくという悪循環があるわけです。

家でも同じことが起きていた

学校でのことを調べていくうちに、家での出来事が次々と繋がってきました。

保育園のころ、夫がニット帽を被って帰宅したことがあったんです。
いつもと同じ声、同じ服、同じ歩き方。帽子だけが違う。

それだけで、長女はパパだとわからなかった。

節分のときも同じでした。夫が鬼のお面を被って「ドーン!」とやったのですが、ちょっと怖がった、というレベルではなくて。さっきまで一緒にいたのに、お面を被った瞬間に「知らない怖い人」になってしまったんです。

服も声も変わっていない。変わったのはお面だけ。

当時は「節分イベント、ちょっとやりすぎたね」くらいに思っていたのですが、今から考えると、長女はお面の後ろに「パパ」という情報を見つけられなかったんですよね。顔が隠れた時点で、それは別人になってしまった。

人を認識するとき、顔の情報がそれだけ大きな割合を占めているということが、このエピソードで私の中にやっとストンと落ちました。

学校でよく起きること──「悪意ゼロ」のすれ違い

研究が示す「困りごとのパターン」と、うちの長女の経験が、驚くほど一致していました。

廊下での「無視」問題

知っている先生やクラスメートに廊下でぶつかっても、顔がわからないため気づかず素通りしてしまうことがあります。相手側からすると「無視された」に見えますが、本人には全くその意識がありません。

長女の場合も、「最近あの先生に会わない」と言いながら、実際には毎日会って挨拶されていた、というすれ違いが起きていました。先生に失礼だと思われていないか、とハラハラしたのを覚えています。

「席替えのたびに不安になる」

顔ではなく「座っている場所」で人を識別している子も多いです。席替えで位置が変わると、誰がどこにいるかがリセットされてしまい、強い不安が起きることがあります。長女も席替えの日は帰ってくるとぐったりしていることが多くて、なぜかがずっと謎でした。

「髪型・メガネが変わると別人になる」

顔そのものではなく「髪型」「メガネ」「いつも着ている服」などを手がかりにしている場合、それが変わると完全に「別人」になります。先生が眼鏡を変えただけで「今日知らない人に会った」という話になることもあります。

「名前と顔が一致しない」

名前を呼ばれて返事をすること、呼びかけることはできても、その名前と顔がリンクしていないケースがあります。長女が「〇〇先生に毎日会ってる」と言いながら全く別の先生だったのは、まさにこれでした。

親・学校ができること──「直す」より「知っておく」

顔認識の困難は「努力や根性で改善できるものではない」ということが、研究からわかっています。「ちゃんと顔を見なさい」「もっとよく覚えなさい」という指示は、効果がないだけでなく本人の自己評価を下げることにもなります。

では、実際に何ができるのか。専門家の推奨と、うちで実際に試したことをあわせて紹介します。

「顔以外の手がかり」を一緒に探す

「赤いフレームの眼鏡」「低い声」「いつも持っているトートバッグ」「独特の歩き方」など、変化しにくい特徴を組み合わせて覚える方法が有効です。

うちでは「この先生はいつも水色のカーディガンだよね」「声がちょっと低い先生だよ」と一緒に整理するようにしました。「顔で覚えなくていい。こういうポイントで見分けよう」という声かけに変えてから、長女の表情が少し楽になったように感じます。

「写真付き名簿」の活用

動いている人の顔は情報量が多くて処理が難しいですが、写真はゆっくり観察できます。先生やクラスメートの顔と名前が並んだ写真付き名簿を事前に見ておくと、「あ、あの写真の人だ」という形で記憶が補助されます。

学校に「写真付きの資料を用意してほしい」とお願いすることは、合理的配慮の一つとして認められる可能性があります。進級のタイミングで相談してみると動きやすいです。

「知っておいてもらう」だけで十分

長女の件で療育のカウンセラーに相談したとき、言われたのはこの一言でした。

「間違えてしまいがちなんだ、ということをそれとなく伝えておいてもらえたら十分ですよ。」

「完全に解決しよう」と思うと難しいけれど、「この子は顔の識別がちょっと苦手なんです」と先生に知っておいてもらうだけで、廊下で素通りしたときに「無視した」ではなく「気づいてなかったんだ」と受け取ってもらえる。その違いだけで、子どもの学校生活の安心感はだいぶ変わります。

実際に長女の担任に伝えてから、先生の方から「〇〇だよ」と名前を先に言って声をかけてくれるようになりました。それだけで全然ちがいました。

本人に「ヘルプの出し方」を練習する

大きくなってきたら、「顔を覚えるのが苦手なので、会ったとき声をかけてもらえると助かります」と自分で伝えられる練習も大切です。「言えない」のではなく「言い方を知らない」だけなので、定型文を一緒に作っておくとそのまま使えるようになります。

「見た目では分からない」から難しい

発達凸凹の子を育てていると、「この子はどうして?」と思う場面が本当にたくさんあります。

挨拶を無視しているように見えるのに、本人に全くその意識はない。
先生の名前を間違え続けているのに、本人は正しいと信じている。

これが「ワザと」ではなく「見えていないから」「わからないから」だと知ってから、長女への見方がかなり変わりました。

顔認識の難しさは外から見えません。「コミュニケーションが苦手な子」「人に興味がない子」と誤解されやすいですが、実際には「人を認識するための情報処理が違うだけ」です。研究では、ASDの子の80%以上が顔認識に何らかの困難を抱えているとされています。つまり、発達凸凹のあるお子さんがいるご家庭では、これはとても「ありふれた困りごと」なのかもしれません。

うちの長女は今も、顔よりも「声」や「雰囲気」や「いつも持っているもの」で人を見分けています。それはちょっと不思議な世界の見方かもしれないけれど、彼女にとっては当然のやり方です。

あの3ヶ月間、長女は長女なりに、誰が誰なのかを必死にサインから読み取ろうとしていたんだな、と今は思います。それが正しく届かなかっただけで、ちゃんと一生懸命だったんですよね。そう気づいてから、なんだか愛おしくなりました。

「なんでうちの子は?」と思いながら過ごしているパパやママがいたら。
それはワザとじゃなく、ただ「見え方が違うだけ」かもしれません。
「知らなかった」を「知っている」に変えるだけで、対応の選択肢は確実に増えます。

そう思えると、少し肩が軽くなりませんか?

参考文献
- Minio-Paluello, I. ほか(2020年)「ASDにおける顔の個人識別困難は、自閉症の潜在的内表現型の基準を満たす」
- Griffin, J. W. ほか(2020年)「自閉症における顔認識障害の定量的メタ分析:40年間の研究」
- Kamensek, S. & Oruç, I.(2024年)「自閉症成人の顔を見る経験量」

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