この言葉を最初に聞いたのは、長女がまだ4歳のころでした。
「思春期になったら、友人関係が難しくなると思います」
療育の専門家にそう言われたのが始まりで、それからずっとこの言葉が頭の片隅にありました。
小学校に入っても、同じことを繰り返し言われてきました。
でも子どもが元気に学校に通い、友達の名前が出てくるようになると、「今は大丈夫」と思える日が増えていきました。
それが去年の春、担当の先生との面談で、「それ」がもうすぐそこまで来ていると、改めて感じさせられました。
その先生は、長女が小さい頃からずっと関わってくれている専門家です。
発達凸凹の子どもの支援を長年されていて、長女のことを誰よりもよく知ってくれている方でもあります。
その先生が、面談の最後に、静かにこう言いました。
「これからの年齢では、みんなが過敏になっていきます。
思春期に、見通しを立てながら会話を進めていくことが、長女にはまだ難しい。
相手から避けられたり、イライラされたりする機会が、増えていくと思います」
4歳のころから聞かされてきた言葉が、急に違う重さで落ちてきました。
喉の奥に何かが詰まったような感じがして、しばらく言葉が出てきませんでした。
帰り道の電車の中で、たまらず夫にLINEを送りました。
「今日の面談、怖いこと言われた」って。
「怖いよな。でも、だから今話してるんじゃないか」って返ってきた。
それだけで、少し楽になりました。

なぜ思春期が、ASDの子に難しいのか
思春期に入ると、友人関係の「質」が変わります。
小学校中学年ぐらいまでは「一緒に遊ぶ」ことが中心でした。
でも思春期になると、「価値観を共有する」「気持ちを察しあう」ことが求められるようになります。
「空気を読む」「ノリに乗る」「言葉の裏を読む」
このあたりは、発達凸凹のある子にとって、一番難しい領域です。
さらに、嫉妬や皮肉、遠慮といった「複雑な感情」が増えてきます。
「大丈夫」と言われたとき、本当に大丈夫なのか、実は困っているのかを文脈から読み取れないと、意図せずトラブルになることが増える。
長女がまさにそこで詰まっています。
こんな出来事がありました。
クラスで文房具の交換が流行っていた時期、ジャンケンで負けたら渡し合う、というやりとりが日常になっていました。
長女も参加していたのですが、あるとき負けてしまったのに、どうしても渡したくないお気に入りの文房具がありました。
渡すのをためらっていたら、相手のクラスメイトに「渡さないと痛い目に遭わせるよ」と言われた。
私がその話を聞いたとき、ぞっとしました。
でも長女には、それが「脅し」という感覚がほとんどなかったんです。
ジャンケンして文房具をやりとりする、その延長線上の出来事として処理していた。
相手が急に高圧的になって脅してきた、という変化に気づいていなかった。
「脅しなのか、ふざけなのか、言葉遊びなのか、全く区別できていない」と先生は言いました。
相手の態度が変わったことを読めない。だから身を守れない。
これが、思春期に入るとより深刻になる。先生の言葉が重かった理由が、改めてよく分かりました。
「自然に気づかせる」は機能しない
ここからが、私の考え方が変わった部分です。
私はずっと「本人が自分で気づくのが一番」だと思っていました。
経験を積みながら、自然にコミュニケーションのコツをつかんでいってほしい。
でも、それはASDの特性には合っていないアプローチだったかもしれません。
定型発達の子どもたちは、周囲を見ながら「こういう場面ではこうするんだ」と自然に学んでいきます。これを「偶発的学習」と言います。
ASDのある子は、この偶発的学習が苦手な傾向があります。つまり、「見ていれば自然に身につく」が起きにくい。
さらに、「自然に気づく」ためには、その場の文脈を丸ごと読み取る必要があります。
ASDの特性として、全体像や文脈をつかむことが難しい場合があります。だから、「気づく」のを待っていても、なかなか来ない。
そして待つあいだに、失敗を重ねます。
繰り返す失敗が、自己肯定感を少しずつ削っていく。
この話を先生にすると、こう言われました。
「解決しようとしなくていいんです。型を教えて、覚えさせるんです」
「型をインプットする」とはどういうことか
「型」とは、特定の場面に対するベストな対応パターンのことです。
たとえば——
誘いを断りたいとき:
「誘ってくれてありがとう+今日は用事があるんだ+また今度ね」
嫌なことを言われたとき:
「言い返さず、その場から離れて、信頼できる大人に伝える」
感情を聞かれたとき:
「相手の気持ちを確認してから答える」
これらを、場面ごとにひとつひとつ教えて、覚えさせる。
感情を「理解」させようとするのではなく、「この場面ではこうする」というルールとして入れる。
なぜこれが有効なのか、理由が二つあります。
一つは、認知負荷を減らせること。
対人場面では、表情・声・文脈を同時に処理しなければなりません。事前に台本があると、リアルタイムで考える量が大幅に減り、頭がフリーズする(パニックになる)のを防げます。
もう一つは、成功体験が積めること。
自然に気づくのを待つアプローチでは、その間に失敗を重ねることになります。先に「正しいやり方」を渡しておくことで、最初から成功体験が積める。自己肯定感が削れる前に、「できた」が積み上がっていく。
このアプローチは、ASD支援の分野では「ソーシャルスクリプト(社会的台本)」と呼ばれ、海外では「PEERS®(ピアーズ)」というプログラムが有名です。実証的な研究でも、型を使った支援で社会的孤立が改善することが示されています。
「完璧に感情を理解させなくていい。型を覚えさせるだけでいい」
そう知ったとき、肩の力がすっと抜けました。
家庭でできる、小さな積み重ね
では実際に何をすればいいのか。
私たちがやっていることを書きます。
① マンガやテレビを「感情の教材」にする
4コマ漫画を一緒に読みながら、「この人、なんで怒ったと思う?」と聞いてみます。
うちで重宝しているのは『かりあげクン』です。
ユーモアがあって場面が分かりやすく、「このコマの人物、何を感じてる?」と聞くと答えやすいらしくて、すんなり頭に入るようでした。
正解じゃなくていい。
「転んだから?」と外れていても、「こういう理由かもしれないね」と一緒に考えるだけ。
このやりとり自体が、型を積み重ねる練習になっています。
「感情には理由がある」ということを、繰り返し体に入れていく感じです。
② トラブルの「型」を事前に渡しておく
嫌なことを言われたとき、取られそうになったとき——「どうすればよかった?」と後から聞くより、先に言葉を渡しておく。
「イヤって言っていい」
「先生に教えていい」
「その場から離れていい」
その場で咄嗟に使えなくても、頭の中に選択肢があると、少しずつ使えるようになります。
型は、知っているだけでも守りになります。
③ 療育の内容を夫婦で共有する
面談で聞いたことは、その日のうちに夫に話します。
先生が何を言っていたか。どんな場面で詰まっていたか。何が少し読めるようになったか。
夫婦で同じ方向を向いていないと、家での声かけがバラバラになります。
「こういう型を一緒に教えよう」と決めるだけで、サポートが一本になる気がしています。
改善が目に見えてきたときのこと
型を少しずつ積み重ねてきた中で、去年こんな話を聞きました。
療育のセッションで、長女は毎回「気持ちを読む」練習をしています。
マンガのコマを見て、その場面の人物がどんな気持ちかを当てるというものです。
以前は、これがまったくできませんでした。
「この人、今どんな気持ちだと思う?」と聞かれても、答えが出てこない。表情を見ても「分からない」で終わる。
それが去年から、少しずつ変わってきているというのです。
例えば、こんな場面です——
「友達にいたずらをされた子が、顔を真っ赤にして怒っている」
以前なら「怒ってる」で止まっていました。
でも最近は、「いたずらされた→悔しかった→だから怒っている」という感情のつながりが読めるようになってきた。
「一コマ見て終わりだったのが、二コマ分の流れとして読めるようになってきました」
先生にそう言われたとき、帰りの車の中で泣きそうになりました。
型を通じて、感情の読み方が少しずつ体に入ってきている。
その積み重ねが、ちゃんと形になっていた。

今がその時間
長女は今、小学6年生。中学まで、あと1年もありません。
「思春期に間に合うか」という不安は、まだあります。
「うまくいく」とは言い切れない。
でも、今できることは明確になりました。
完璧に感情を読めなくていい。
自然に気づかなくていい。
型を一つ覚えれば、その場面で使える。
今がまだ、型を覚えさせる時間がある。
「仲間外れになると思います」という言葉を、怖い予言としてではなく、「だから今やっておこう」という合図として受け取れるようになりました。
発達凸凹の子を育てていて、思春期の準備について考えている方がいたら、よかったらコメントで教えてください。
同じところで悩んでいる人と、話せたら嬉しいです。
学校への「合理的配慮」の申請については、以前noteにまとめています。
実際に使った申請資料のテンプレートもつけた有料記事ですが、もし気になる方はこちらもどうぞ。
👉 【発達障害×小学校】合理的配慮、ちゃんと"されて"いますか?
ママゴトラボについて
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